編集後記

 

ゼーヘル 主の昇天号 編集後記より

▼三月一四日に一足早く日本を発った私は、四月一日にミラノで日本からの人たちと合流し、ナポリに飛んで、パウロが上陸したポッツオーリなどを見て、二日の夜遅くにシチリア島のパレルモに入りました。
▼パレルモのホテルでテレビをつけると、教皇の死を悼む番組が飛び込んできました。四月一日にパリを離れるとき、危篤状態だと聞いていたので、やはりと思いました。そういえば、二八年前にイタリアでの勉学をはじめた年に、パウロ六世とヨハネ・パウロ一世の死去に遭遇し、どちらの葬儀にも参列したことがあります。
▼今回は巡礼旅行の最中であり、葬儀に参列することはできませんでしたが、テレビ放送で見るかぎり、パウロ六世やヨハネ・パウロ一世の葬儀をはるかに上回る人々が参列していたように思います。
▼ゼーヘルの「わたしの読み方」に掲載した匿名原稿が説くように、ヨハネ・パウロ二世は、教会が人間の組織では終わらず、神の働きが現される場であることを身をもって示しました。晩年の弱々しい姿は我々にそれを思い起こさせました。それがあれほどに多くの人をサン・ピエトロ広場に集わせたのではないでしょうか。
(雨宮)

BGM : IN PARADISUM

『教皇ヨハネ・パウロ2世−和解とゆるしを祈る−』
(カトリック新聞社)より

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